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今日の自分と昨日の自分

アダルトチルドレン(?)である自分の考えごとの日記です。

小中高の印象

・小学校のとき

 正直な所、まともだったと思っている。楽しくやっていたし、今振り返っても特別おかしいところはなかった。強いて言うなら、小5,6の時の門限を少し遅くしてほしかった。これは家庭の方針程度の問題だから、あれこれ言うつもりもない。バカなことも多少はやってきたし、当時お笑い番組を見て、笑っていた自分がいた。

 

・中学校のとき

 この頃から何かおかしくなってきた。中2の時に、祖父母との同居を解消。両親の不仲を感じるようになってきた。具体的には、お互いに悪口、愚痴を自分に話すようになってきた。家庭の雰囲気は、なんとも言い難く、その場に居たくないと感じさせる冷たさを感じた。お互いに関心を持つべきではないと感じさせるような。

 母は、父との不仲、祖母との不仲により、子供の方へ気が向くようになる。特に中学校から始まる定期テストで暗黙のプレッシャーのようなもの、親の期待を感じるようになる。良くも悪くも、テストはできる方であったため、それに応えてしまっていた。ただ特別褒められた経験もなく、できることが当たり前だと感じた。また姉に比べて、勉強ができたために、そういった部分で余計に期待の差が生じ、僕の方に集中したように感じた。

 また自分のできない点について、執拗に指摘されるようになる。「先生をなめている」、「社会をなめている」といったように。もちろん程度の差はあるが、今振り返っても過剰だったと思う。

 

・高校のとき

 正直、中学の時のほうが楽しく感じた。自分の存在価値を認識できたからだろう。勉強については、普通にやれば学年トップ近くをとれるため、中学に比べて周りと競う張り合いがなく、退屈であった。高校のレベル自体、とりわけ高いものではなく中堅であったため(偏差値65程度)、親の期待、本心はよくわからない。ただ母親から「地元トップの○○高校の子だから、頭いいね!」という話を唐突にされて、イラッとした記憶がある。そういう経緯で上位大学を志望し、かつ県外の大学を目指すようになった。結果として良かったとは思う。部活については、中学では県大会出場できたものの、高校では思ったほどうまくいかず。とにかく結果=自分の存在価値だと思っていた。だから勉強ができなかったら、やばかったと思う。

 家庭の雰囲気は相変わらずよくない。この頃から、父の状態が悪化。寝言で「(私の名前)、助けてくれ」とつぶやいていたのは、今思えばその前兆か。僕が高3の時から、休職するようになる。また祖母が、家の付近を徘徊するようになり、たまに遭遇する。どう対応していいのか、わからず非常に困る。

 受験は失敗。浪人し、第一志望の合格。そして東京へ。

 

・大学のとき

 勉強面で目立つことがなくなり、自分の存在価値に悩む。部活は継続したが、入部当初は実力がなく、存在価値がわからなかった。幸いにも2年次以降、ある程度の結果を出せるようになり、それなりの価値を見出した。しかし、それ以上の自信を持つことができず、競技以外の面では自信を持てなかったし、競技の性質上、自分に満足を覚えることがなかった。就活時、非常に自分という人間に悩むことになる。自信というものをどうしても持てない。ある意味、挫折を乗り越えて内定獲得。またこれを機に、家庭のおかしい部分に気づく。そして家族会議を開くきっかけを作り、家庭構造の改革を考え実行する。母との関係はある程度、改善できた一方、父との関係は悪化。そして現在に至る。

 

 客観的に見たら、自慢ぽく聞こえた部分もあり、自分が子供っぽく見える部分もあると思う。しかし「自分の存在価値を見いだせなかった」、「早く自立したい、親から離れたい」と思っていた時期があると考慮すると、多少のAC属性はあるのかなと思う。

 

また大学4年時、初めて大学でカウンセリングを利用した。機能不全家族(?)で育った割には、しっかりしていると言われた。思い当たる節としては、①父のコンプ持ちを受けて、「こんな父親になりたくない」と思いながら、行動してきたこと、②大学の部活で人間的に尊敬できる先輩、同期に恵まれたということが理由だろう。

 

振り返ってみて、経済的には恵まれているとは感じる。ただ親の人間性を疑う面が非常に多い。愛情はあったのかもしれないが、表現方法が不適切。そしてそのことは、罪だったと思う。

以上、おおざっぱに書いた。別の機会に詳細に振り返ろうかと。